101 魂は個性・心は自我

 

人間の本体は実相世界に存在します。

そこから個性ある生命体として枝岐れたのが無数の魂であります。

この魂が心の思い描きによって地上世界に生まれ変わり、一人の人間としての生涯を送るのです。

物理的に見れば、肉体を有した人間が個性ある単独の人間ではありますが、肉体そのものに備わる姿形は個性ではなく物理的な特徴である。

本来の個性は物質を越えた魂にこそ帰属するものであります。

この魂に付随する性質こそが純粋個性であり、神の子としての本来の使命役割は純粋個性に具わっているのです。

それでは個人的な自我は何処を指すのか…。

肉体そのものは物理的な肉我に過ぎません。

その肉体存在に自我を現している張本人は言わずと知れた心である。

人間に我儘を言わせ、好き勝手な振る舞いを行わせ、抑えられない感情を起こさせている張本人は心であるのです。

肉体を鍛える人は多いけれども、心を鍛える人は少なくなりつつあります。

そのため心の暴走を抑えられない迷妄者が現代人には増え続けているのです。

忍耐を磨くものは肉体ではなく心である。

我慢強さを培うものは肉体ではなく心である。

この心の調律を放棄したなら、調教不能の暴れ馬を、手綱を放したまま街の中に放置するのと同じような危険を犯しているのです。

そのような危険極まりない自由奔放な心を自我我欲と言うのであり、この無節操な状態を個性として認識するには甚だ学識が足りない知覚である。

自我は良くも悪くも心が表現をするのです。

その心に一定の方向性を示すのが、心の奥底から作用してくる魂であります。

魂は普段からの小さな積み重ねによって傾向性が育まれます。

そうして染み付いた魂の傾向性が、人間本来の個性を創り上げるのであります。

貴方の個性は物理的な姿形ではなく魂の傾向性である。

しかも良し悪しに関わらず長らく積み重ねた小さな習慣の果てに、まるでリモートコントロール状態で自然な振る舞いとなっている。

習慣(積み重ね)は善人も悪人も作り上げてしまう…。

これぐらいなら良いであろうとタカを括って醜態を改めないなら、やがて習慣は退っ引きならない悪習慣となって、心の奥底から威嚇してくるようになります。

そうして迷妄者たちは悪習慣の恐怖威嚇によって、隷属的立場に立たされるのであります。

 

 

 

39 霊性開示 【新創世記編】