107 三界を見分ける力量

 

人間の生命は永遠に生き通しの命であります。

転生輪廻は総ての生命に課せられた魂の学びであります。

さすれば人間の生長(可能性)は無限であり永遠である。

これは地上世界のみの見識では理解出来ない真実なのです。

霊界の様相を悟り、生命の実相(本来の魂の故郷)を悟り、地上世界と霊的世界と実相世界の三界を正しい心の瞳で見通すことが出来れば、魂の課題としての転生輪廻は卒業を迎えるでありましょう。

しかし高級神霊の心境に立てば、自発的に転生輪廻を継続するようになります。

何故なら個性の悟りに於いては果てがなく、人類救済に於いても終わりが無いからです。

ただ高級神霊の心境に立つものは、使命役割が三界(地上世界・霊的世界・実相世界)を貫くものとなっています。

それが高級神霊(高徳者)の大自覚であり大責任であるからです。

古事記の神話によりますと、伊邪那岐命(いざなぎのみこと)が黄泉国(よみのくに)から帰還された後、《私は誠に穢れた世界に関わっていた。これは私の心の中にも其れに共通するものがあるからであろう。直ちに此の身を祓い清めなければならない》と仰せられて、禊祓いを敢行されたのであります。

詳しくは新創世記(第3巻)に書き記されておりますが、伊邪那岐命は心の大浄化(反省回顧)を行われたのです。

その大浄化の果てに、最後に左目から日神(天照大御神)が産まれ、右目から月神(月読命)が産まれ、鼻から地神(建速須佐之男命)が産まれたのであります。

伊邪那岐命は三貴神(天照大御神・月読命・建速須佐之男命)の御生誕を此の上なく喜ばれました。

そうして天照大御神には実相世界を統治させ、月読命には霊的世界を統治させ、建速須佐之男命には精神世界(地上世界に直接的に関わる現象世界)を統治させたのであります。

こうした古事記の神話を通して語られる真実は、神の子人間には三界(実相世界・霊的世界・現象世界)を見通す魂の瞳が元々具わっていると言うことです。

これは魂の大浄化(反省回顧)を行えば万民に可能な霊的能力(三界を見分ける力量)であります。

本来の人間は一人残らず神の子である。

転生輪廻で身に付いた罪穢れを禊祓い、正しい反省回顧を行えば何時かは必ず魂の故郷である実相世界に里帰りすることになります。

こうした神通力は創造主の御力であるからこそ、神の子の自覚を取り戻した純粋個性の人間にも、同様の神通力が扱えるはずであります。

其れなのに人間の迷妄は、霊性を閉ざした地上世界のみの見識で生きております。

霊界を摩訶不思議な世界として恐れる風潮はハッキリ言って間違っています。

三界を見分ける力量を有した高徳者たちからすれば、地上世界に完結して生きんとする迷妄者の方が摩訶不思議な存在に映っています。

 

 

 

39 霊性開示 【新創世記編】