018 自力 (人間の基礎研鑽は自力的アプローチが必要) |
自己確立に於いて自力の問題は、かなり重要な魂の課題になります。 古来より自力と他力は相対的な対極論として論戦が交わされてまいりました。 魂の修行にとって自力は必須課題でありますが、真理の観点にとって他力は重要課題でもあります。 つまり何方も大切な修養要素でありまして、何方も無視出来ない魂の課題であるのです。 個性の確立に於いては自力が必要不可欠である。 誰の為の人生であり、何の為の個性化であるのか…。 この解答は、地上世界に個性を持って生誕した一人の人間としては、自力を抜きにして解決することは出来ないでありましょう。 人間の基礎研鑽は自力的アプローチが必要なのです。 この自己確立の段階から他人任せの心持ちが強くなると、個人的な基礎研鑽は意味を無くして、現状把握(反省回顧)を見失ってしまうのであります。 基礎研鑽としての自力(自己確立)を磨くことで、魂が生長するに従って他力的アプローチは自然に身に付いて行くのです。 つまり人間にとって正しい自力は、神の子の自覚を見失わない為の努力精進を意味していて、この基礎研鑽は生涯を通して行なわれる必要があるのです。 地上世界の霊的波動は物質化に向かっているため、その物質文明の固定化・固着化の流れに、何の努力も精進も成さないなら、本来は柔軟な魂も堅苦しい物質化の荒波に呑み込まれてしまうのであります。 人間の肉体細胞が日々新陳代謝を行なって、新たな肉我を体内に吸収し古き肉我を体外に排出することで、肉体生命を維持継続させているように、人間の魂も日々の基礎研鑽(自己確立)を自力的に続ける必要があるのです。 個性の正しい自己確立が無ければ他力が真理であろうとも、人間の存在は何処まで行っても操り人形(意思を持たないロボット)になってしまいます。 正しい真理は霊性の観点から眺めたなら、自力と他力は一つの生命線で繋がっていることが解るのであります。 個別分断化した地上世界の視点理論では、自力と他力は別物に見えるのでしょう…。 だからと言って自力的アプローチのみに凝り固まったなら、地上社会は冷たい隙間風が吹き抜ける廃墟の街(心)となってしまいます。 あくまでも自力は足場固めの基礎研鑽であることを自覚して、人知れず淡々と積み重ね続ける必要があります。 |