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019 浄化 (心の世界を無差別に放置してきた報い) |
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地上世界の霊的波動は物質化に向かっているということでした。 その物質文明の固定化・固着化の流れに、何の努力も精進も成さないなら、本来は柔軟な魂も堅苦しい物質化の荒波に呑み込まれてしまうということでした。 物質文明の鈍重な波動に魂が長々と浸っていると、どうしても地上的な倫理観に拘り囚われてしまいます。 地上世界に展開している倫理観は、個別分断化に於ける自らの主権確保と、個人の身の安全を守る人権尊重がメインであります。 これは肉体生命を維持継続させるための生存倫理でもあります。 この生存倫理は大自然の中で日々自己展開している弱肉強食の世界感覚に繋がっています。 動植物たちの生存倫理は食物連鎖を通して地球意識に帰属している。 しかし人間社会では個人の人権のみを声高に叫んでも、相互に心の摩擦が起きてまいります。 つまり人間社会に巻き起こる心的摩擦は、心の中に誤謬(迷妄感覚や葛藤感情)を発生させるのです。 何時の間にか積もりに積もった心的誤謬は、まるで自分とは違う意思を持つかのように、心の内部から不安や恐怖を煽りながら威嚇してくるのです。 こうしたことは万民に有りがちな精神構造ではありますが、心の世界を無差別に放置してきた報いとして、本人が本人自身を苦しめているのが現状であります。 他の誰の責任でもなく、心を放置してきた自分の責任である。 通常の精神(三次元意識)であれば部屋の中がゴミやチリで汚れたならば、部屋を清掃してゴミ出しをするでしょう。 そうして部屋内を整理整頓するのが三次元意識の人間である。 しかし二次元意識の人間は自らの心が困らなければ清掃はしないでありましょう。 更に一次元意識の人間は自らの心でさえ我関せずの放置で気にも留めないでありましょう。 物質文明の鈍重な波動の中で生きる人間は、心の浄化を怠れば本人の精神世界はゴミ屋敷に近い放置状態となっております。 それに全く気付かないのが一次元意識の人間であり、それに気付いても本人が困らない限り見て見ぬ振りをするのが二次元意識の人間である。 曲がりなりにも心の清掃浄化が出来るのは三次元意識の人間であります。 自己確立の基礎研鑽は良き心を習慣化することであり、その為には日々心の浄化を果たさねばならない。 自我我欲には呼び込み引き寄せる誤謬の種類が多いことを知るべきであります。 |