|
032 心象 (人間関係を形作るものは相互の心である) |
|
多角的な世界観を同時進行で生きるのが三次元世界の人間社会であると言うことでした。 心の在り方に於いても個人的な感覚(一次元意識)を越え、相対的な感情を超えて、多角的な心情を使い分ける精神が、三次元世界の住人である人間社会の在り方であります。 お互いの心を想い遣り、相手の立場を配慮する心掛けが、公的人間としての正しい精神構造であります。 自分の気持ちすら見えず、思うがままの感覚意識(一次元意識)で生きるのなら、社会人としての考慮など思いも寄らないでしょう。 相手の気持ちを理解していても、自己都合(二次元意識)ばかり押し通していては、公的人間としての配慮など度外視してしまうでしょう。 自らの心さえ見えず、他者の気持ちを考慮せず、自分勝手な我儘を行使するなら、人間社会の住人としては危険人物としての烙印を押されても仕方がないのです。 自分の思いのまま感覚的感情的に規制なく振る舞うなら、野に放たれた猛獣と同じくらいに危険な存在であります。 人生は波乱万丈であって、感覚に頼らなければならない場面もありますし、感情に託さなければならない場面も当然ありますが、人間関係を形作るものは相互の心であり、多様な感情の関わりであります。 お互いの心模様を知らずして、心象(心の傾向性)を読み取ることは難しく、目に見えない精神のヒダを無防備な状態で掻き毟られたなら、もはや大抵の人間は正常な精神を維持出来なくなるのです。 心の法則を知らず(自ら知ろうともせず)我欲のままで対人関係に臨むなら、社会の秩序は我儘の行使によって乱されて、人間としての尊厳など何処にも見当たらない弱肉強食の世界に成り果てるのです。 心の法則を放棄して自分勝手な振る舞いを優先すれば、人間社会の秩序からルール無用のモラル無視人間が量産されるのです。 自分勝手な価値基準で此れくらいは良いであろうと、個人的な我儘を優先する人間は、まるで自分が模範解答の如くに思い込み、その思い込みが驕り高ぶりとなって、益々自己反省の出来ない迷妄人間(一次元迷妄意識)にしてしまいます。 霊性を閉ざした20世紀の迷走は、心象を放棄して物質文明の甘美な深酒に酔い痴れた、自己陶酔の迷妄時代でありました。 心というものが全てを呼び込み引き寄せている事実を悟れば、三次元意識の世界観を超越して、四次元以降の霊性文化を得る事になります。 |