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054 適所 (共通認識に於いて心を共有する関係) |
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何のために生まれたのか、何故に生きているのか…。 この問い掛けに対して正確な解答を言える人間は、大和精神(五次元意識)を魂心境として堅持している可能性があります。 何故なら自己存在理由を正確に掴んでいる人間は、自らの立ち位置を見い出し易いからであります。 それと共に他者の立ち位置も理解し易いのです。 互いの個性や立場を理解する者は、夫々の役割を生かし合い助け合う働きをするようになります。 自分の存在が全体の中で如何なる役割を持つものであるかを、お互いが認め合う関係こそが大和精神(五次元意識)の在るべき姿なのです。 そこに誰か相手が居れば、その相手と自分の個性が寄り合えば、どの様な現象(展開)が起こるか予想出来るのも大和精神(五次元意識)の魂心境を心に抱く人間である。 また複数の人間が集まれば、其処で何が始まるかを察知することが出来るのも大和精神(五次元意識)の魂心境を心に抱く人間である。 更に寄り合う個性が変化したなら、その変化に対応した自分の存在へと人格を変えられるのも大和精神(五次元意識)の魂心境を心に抱く人間であります。 臨機応変に性格を変え、適材適所に人格を変えられる…。 これが大和精神の真骨頂である。 それは自分自身が神の子としての自覚があり、総ての人間はみな神の子であるという確信があるからです。 だからこそ心の奥底から相互に信頼し合えるのです。 様々な場面を理解して、その場面での自分の役割を智覚するからこそ、そのシーンでは如何なる存在として自分を表現すれば良いかが即座に閃めくのであります。 そうして全体の質を高める方向で自分を役立てる働きをするのです。 他人であっても共通認識に於いて心を共有する関係が、大和精神(五次元意識)の魂心境であるのです。 そうした人間関係(大和精神)こそ天国浄土であり、こうした人間関係(大和精神)を地上世界に持ち来らすことがアセッションの真なる意味であったのです。 現代人が互いに啀み合い争い合う社会にあることは恥ずべき時代であると知らなければならない。 自我に終始したプライドなど決して褒められた生き方ではないと知るべきであります。 |