022 想念は相手を熟考慮した想い

 

 

思念というものは自己展開する心を今の一点に集中した意識であり、凝縮された思いは其れなりのパワーを発揮すると言うことでした。

更に思念は自主的に展開する能動的な意識であり、心の法則(因果の理法)に於いて全責任は全て自分側にあると言うことを受け入れなければならないと言うことでした。

方や想いは相手の心という文字が示すように、自分以外の相手の気持ちを把握する人類共通の意識であります。

こうしたことから想念というものは相手の心を正しく知る為に、今の一点に集中した意識であり、今の一点に凝縮された想いも其れなりのパワーを発揮するのです。

更に想念は相対的に展開する受動的な意識でありまして、想念に於いても心の法則(因果の理法)による全責任を全て受け入れなければならない。

しかし一次元意識人間も二次元意識人間も責任逃れをする人が殆どである。

一次元意識人間は自己反省が出来ないからこそ一次元意識の魂心境に甘んじている段階であるし、二次元意識人間は相手の存在を認知はするが、そこに自己都合や自己羨望を優先するが故に、損得感情や優越意識に奔走する心が、自己反省を捻じ曲げて他者批判・他者裁き・他者否定などに意識を迷宮入りさせるのであります。

こうした魂の傾向性ゆえに、三次元社会に生きながら、未だ魂心境は一次元意識・二次元意識の段階にあると言う事です。

能動的意識である思念はともあれ、受動的意識である想念は、本来は人類共通の意識であります。

従って相手の気持ちを熟考慮して、お互いの立場(境遇)を分かり合えたなら、そのまま魂心境は三次元意識に昇華するのです。

此処でまた繰り返しますが、皆さんは三次元社会に生きております。

三次元社会に存在するからには、公的意識を中心にして、公私の区別を弁えながら生きる必要がある。

これが地上社会に幾度も転生輪廻してくる人間の、本来の魂修行の本義でもあります。

個別意識化そのものは尊いが、個性は尊い個性として全体に貢献することで、始めて自らの存在を輝かせることになるのです。

他者を蔑み押し退けて、自分だけの損得感情に拘り囚われることは、霊性人間としての本来の意義からすれば魂の退化であります。

 

 

 

  42 むすび大道 【相対原理編】 二次元