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しなやかな 心は柳の 強さなり

 

 

世の中の多くの人々は、本来の強さが何であるかを知りません。

腕力そのものが本当の強さでしょうか…。

勢力そのものが不変の強さと言えるでしょうか。

それでも外敵に対抗する場合は、大は小を兼ねる力の倫理によって、その強さを発揮することは否めません。

しかし小さな力量であっても大勢力の懐に入られたなら、内部から崩されることもよくある話であります。

こうしたことも残念ながら未だ力の倫理を超えたものではない。

人間にとって、本来の強さとは何であるか…。

これは正しく心(精神)の強さを意味するものであります。

見た目にも威勢がよく気の強そうな偏屈者でも、気持ちが弱ければ空威張りに過ぎないし、強情な堅物者は柔軟性が無いため蛮勇に落ち入り易いのです。

頑強な枝は折れ易いが、しなやかな柳は暴風にも耐え忍びます。

吹き荒れる風を素直に受け入れ受け流すことで、大きな力を真に受けない技量がある。

喧嘩に強い者は簡単に弱者を制圧しますが、本人自身の感情に負ける人が多いはずです。

激高した気持ちを抑えきれず、その思いのまま暴れたなら、腕力が強くても心(感情)には弱いと言うことであります。

自分の感情でありながら自分自身の感情に振り回される姿は、傍目から見れば感情の奴隷である。

心には自分自身の思念想念もあるが、去来する思念想念もあります。

感情を自らの意志でコントロール出来なければ、感情に対して隷属的立場を脱し得ないのです。

自らの意志で感情を調律出来なければ、去来する思念によるマインドコントロールさえ避けられないでしょう。

心に浮かんだ思いを直ぐさま発するのではなく、その思念の精査(自己チェック)を通してから言動に移す貴方であれ…。

これは確かに難しいことではありますが、地道な努力を習慣化することで誰にでも実現可能な心掛けになるのであります。

こうしたことから人間にとっての本当の強さが何であるかは朧げながら解ってくるはずです。

自分自身の心を取り戻して人に対する優しさを貫ける人こそ真に心強き勇者である。

本当の意味で人間として真に強き者は愛深き人であります。

優しさを貫くことが何れほど難しいかは、愛深き人ほど身に滲みて知っているのです。

 

 

 

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