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【や】
優しさは 愛を貫く 想いなり |
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都会に生きる人々が徐々に失いつつあるものは、他者との人間関係(心ある繋がり)であります。 閉鎖的な思考回路は人間をロボット化して、自己主張は独善に向かい、自由意思は身勝手に成りがちです。 隣りの住人と顔を合わせても挨拶さえ交わさず、家族内でさえ会話が途切れがち…。 文明や科学は何に貢献し何処に向かわせたいのか判断に迷うほど、都会人の境遇は虚しく危ない方向に進んでいる。 しかし心を澄まして耳を傾ければ、どの人からも心の叫び声が聞こえてくるのです。 助けを求めて止まない声なき声が都会の空に渦巻いています。 利己的主権の複雑ルールを張り巡らせ、雁字搦めに縛られた司法整備の中で、現代の人々は優しさに飢えているのです。 しかも本来の優しさが何であるのかも見失ないつつあります。 自己都合による善意は優しさにはならないし、見返りを得る為の善意も優しさではなく商売です。 もともと優しさは得るもの(求めるもの)ではなく、手を差し伸べ与えるものなのです。 愛は見返りを求めず与えきりである。 真なる愛行者は利己意識が限りなく透明になっています。 都会の夜空が晴れ渡っていても満天の星が見えない理由は、地上を覆う介在物が蔓延しているからです。 遠景が霞んで見えるのは文明や科学が見失ないかけた心を象徴している。 相手の立場(気持ち)を配慮しない優しさは偽物であります。 他国の歴史や文化を度外視して、金銭や物資だけ与えれば援助になると考えるのは浅はかです。 民族性を尊重した上で、高度成長への自立を(しかも相手の現状での歩調で)促がすことが最優先なのです。 優しさを貫くということは、時に自己都合を度外視しざる負えない場面にも遭遇します。 その時に貴方の優しさが本物であるか否かを試されることになります。 そこに心の生長段階が見え隠れしているのです。 優しさを貫くためには愛の想いを持続する必要がある。 そのためにも人間としての原点を忘れてはならないのであります。 |
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