【ゆ】 

 

夢あらば 立ちて歩めよ 何処までも

 

 

夢には心の中で自由に想い描く抽象的な夢と、現実問題との整合性を図る具体的な夢があります。

その両者を兼ね合わせた夢追いが最も理想的な夢の実現化に向かいます。

心に夢を抱く人は多いけれども、夢の実現に成功した事例は少ないのが現状です。

その理由は明らかで、現実問題との整合性が折り合わず、志し半ばで諦めてしまうからでしょう。

人生の選択には妥協が付き物ですが、妥協による譲歩が損失や不益を感ずるなら、譲れない気持ちも湧いてきます。

また選択肢の的を絞るためにも妥協をしない心づもりが必要かも知れません。

それらは智力を磨く上に大切なアプローチになるため、大いに悩みながら想いを廻らして良いと言えます。

そうして優先順位を決めて事に臨む段階で、なぜだか躊躇する人が多いはずです。

それは何らかの目標を持って行動に移す段階で、その方向(夢追い方向)に初めて心の影が現れるからなのです。

大抵の場合は不安や恐怖ですが、体裁や風当たりに萎縮して折角の船出を留めてしまう人が多い。

周囲の反感や足止めも、現実に則した内容であるからこそ一考の余地はありますが、それで夢を諦めてしまうなら、世の中に夢は枯渇し愛は消滅してしまいます。

本来の夢とは何でしょうか…。

単なる憧れであるなら、その夢は消滅するに等しいでしょう。

しかしその夢の実現が、いつか何処かで誰かの幸福や生き甲斐に役立つものであるなら、決して消滅させてはならない夢追いであります。

愛の想いに裏付けられた真実の夢追いには必ず障害が現れます。

しかもその障害は困難なものが多い。

時には人の心の醜さと直接対決させられることもあります。

自分の至らぬ現実に打ちのめされる時期もある。

そうした目先の醜態に怯んで萎縮している間に、現実の社会では心ない大人たちの犠牲者が低年齢化しています。

世の中の人心が乱れると自然界も呼応して様々な災害が巻き起こる。

大きな激震が近付いているのです。

それを誰が食い止めるのか…。

正しい志を持つものは躊躇せず立ち上がり、夢(愛)の達成を信じて歩み出せ!

それが激動の時代を自ら選んで地上に生まれ出た夢追い人たちの、人生の意義であり道筋である。

 

 

 

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