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011 日暮らし生活の罠 |
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人間には慣れというものがあります。 この慣れ親しみは三大欲求(食欲・性欲・睡眠欲)にもあり、四大感情(喜怒哀楽)にもあり、痛みや苦しみにもあります。 同じ心地良さを追求しても、ある程度まで親しむと心地良さにも慣れて物足りなくなる。 本来の慣れ親しみは何事に於いても深みに嵌り込まないように、創造主が人間に与えたリミット(ボーダーライン)でありました。 しかし欲深き人間は慣れ親しみの果てに、更なる刺激を得んとして、尽きない欲望追求に堕するのである。 幸せに対しても慣れ親しみがあって、同じ幸せに長らく浸っていると、平素の幸せが物足りなくなるのです。 だからこそ人は新たな幸せを求めて旅立つのであり、その最たる旅立ちは転生輪廻であります。 生命の幸せには終わりがありません。 深みに於いても高みに於いても広がりに於いても終わりがなく果てがないのです。 愛は無限なる広がりを求め、永遠なる高まりを目指し、生命としての生長を果たし続けるのであります。 そうした生命の自己拡張を邪魔立てするのは悪霊(迷妄浮遊霊)である。 悪霊たちは善良な人間の心に忍び込んで囁きます。 何もしなくてもいいよ。 やりたいことだけやればいいよ。 呑気に気楽にすればいいよ。 あくせく働いても報われないよ。 明日なんて来るとは限らないよ。 こうして生命の流れを止めるための仮初めの優しさを武器にして、人々に失望怠惰の楔を打ち込んで行くのです。 悪魔は得意げに言います。 数本の楔を打ち込めば、それを頼りに何度でも取り憑いて、人間を思うがままに操れるぞ…と。 悪魔の作戦は何時も無計画人間を量産することであります。 計画性の乏しい人間は心の機能を働かせないまま、心身共に空き家にしてしまいます。 その空き家を界隈として乗取ることが悪魔の常套手段である。 将来への希望が無ければ、その日暮らしの生活になりがちなのが人間の性なのです。 反省も出来ず希望も持てない人間は、何時の時代も悪魔の餌食として最初に狙われる運命にあるのです。 |