013 思考停止は鬱化を招く

 

 

人間は思考が億劫になると考えることが面倒になり、日常での思考の習慣が無くなれば反省も出来ない人間になってしまいます。

反省が出来ない人間は意識の軌道修正が出来ない性格となり、そのために責任転嫁や課題放棄が多くなるのです。

思考というものは自由意思であるからこそ、思考の果ての言動には責任が伴います。

要するに言動の結果を顧みる作業も必要であると言うことです。

成果の確認は心の法則(因果の理法)を深く理解するためにも必要不可欠な反省作業になるのです。

そうであるにも関わらず思考を停止して何も成さざる生活を繰り返し習慣化するなら、人間は鬱病患者のような状態に嵌り込んで行くことになります。

ハッキリ言って鬱病は病気ではありません。

思考を停止しているだけの休業状態が鬱状態を現しているだけであります。

思考を停止する理由は人それぞれではありますが、最も大きな理由は傷付き易い心を守るための自己防衛が鬱化を現している主原因である。

この自己防衛の部分を反転させて、自分だけではなく他己防衛としても扱えるなら鬱病は卒業することになります。

世の中には自分と同じような悩み苦しみを心に抱いて生きている人が多く、そうした悩める人々の気持ちは同じ境遇の自分であるからこそ理解出来るはずです。

鬱病患者を芯から救える人は、同じような鬱病を実体験した経験者たちであります。

鬱病患者の真なる救世主は、鬱病を患った経験者から現れてまいります。

そうしてやがて鬱病は病気の枠組みから外れる日が来るでしょう。

思考の停止に向かっていた心を反転させ、自分のことばかり心配していた視点を他者への愛に注いだなら、自分のための人生が人のための聖なる人生に変わるのです。

その時にこそ命の尊さが本当に実感されるのであります。

不必要な人は一人も居ない。

誰もが尊い人生を送る権利がある。

基本的人権は社会のモラルであり理性でなければならないのです。

本来は病気では無い鬱状態を薬で治す医療方法は間違っています。

彼らも思考の整理と会話の習慣化を進めることで、本来の人間としての在り方に立ち返ることが出来る真人間であるのです。

 

 

 

33 霊性開示 【暗黒思想編】