014 現実逃避は躁化を招く

 

 

方や躁状態(ハイテンション)で突っ走るタイプの人も多いはずです。

現代人は躁状態に嵌まり込む人の方が実質的には多いのです。

それなのに鬱病という病名は存在していても、躁病という病名は余り聞かれない…。

こうしたことから鬱病患者は数多く、躁病患者は居ないような錯覚にもなります。

ところが潜在的な躁病は鬱病よりも多く、その扱いが難しく、やがてこの事実が社会問題となって皆さんの身近な問題になるのです。

薬物による躁状態は麻薬や酒類の影響もありますが、この薬物に匹敵する心の問題が過信盲信です。

一通りの自己反省を通過した躁状態は失敗を恐れない自力の誉れを感じられますが、深刻なのは足下を省みない無反省人間です。

彼らは周囲への影響など考えもせず、目先の問題を放棄(現実逃避)して場当たり的な世渡りを強行します。

何の対策も考えないまま何とかなるさと気軽な人生観を決め込むのであります。

また更に困った躁者は独我の強い自己中人間であります。

こうした心の迷妄者が現代社会の要職に就いている。

これは当然の結果で独裁者や独善者の出現を暗に社会が見逃していることを意味しています。

ハッキリ言って躁状態は立派な心の病人なのです。

鬱病は本来は病気ではないと語りましたが、躁病こそ紛れもない精神病患者なのです。

鬱病も躁病も根底に於いては同じ我心(自己中心)が病種になりますが、鬱病よりも躁病の方が比較にならないほど厄介な病的存在であります。

そうした躁病者を無条件で社会に放っている危険は、山中で野生の熊に遭遇する以上の危険な出会いであるのです。

躁病者は何処へ行ってもトラブルを起こし、その責任まで周囲(特に弱者)に押し付けるのです。

世に絶えないイジメ・セクハラ、パワハラ等の出処は、徳の高い人格者が注意深く観れば、その多くの発生元は躁病者(トラブルメーカー)に帰結するのであります。

人間を躁状態に落とし込む原因は霊性を失った人間側の心の中にあります。

何も薬物に頼らなくとも心の迷妄状態が自己陶酔を起こして本人を狂わせています。

そこに悪魔が喜んで憑依しているのが現状なのです。

 

 

 

33 霊性開示 【暗黒思想編】