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021 嫉妬怨恨霊は末代まで祟る |
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深い嫉妬心や怨み心を抱いた怨霊たちは、魂が浮かばれることなく彷徨っています。 もちろん天国には行けないが、地獄に行けば暗黒の底無し沼が待っている。 地上世界に徘徊していても幸せにはなれない…。 こうした自分の状況すら怨みを持った他者の責任だと決め付けている。 基本的な考え方から間違っているのです。 そのため怨霊が嫉妬の対象とする相手には小さな幸せさえ許せないのです。 こうして無慈悲な幸せ潰しを楽しみとして付きまといます。 幸せ潰しを楽しみとする者がエスカレートすると、魂の傾向性が他者の不幸を快楽とする危険な迷妄霊になってしまいます。 怨霊も此処まで魂を腐らせると嫉妬怨恨の対象者を呪い殺しても快楽は治らず、親類縁者は元より末代に至るまで祟りを続けることになります。 こうした経過を推察すれば、地上世界で展開している人間同士の嫉妬は、霊的世界で怨霊の心にまで繋がっている。 恋愛の駆け引きに於ける小さな嫉妬が恋心を育てることは事実ではありますが、それは自分自身の心を自らの意思で調整できる者の趣向であり筮竹であります。 現代社会は欲望や嫉妬を煽るような経済産業が多くなっています。 小さな競争原理は互いに見栄を張り、少しでも大きな幸せの分量を自慢したがります。 そこに怨霊の活躍(跳梁跋扈)の余地を作り出しているのも人間なのであります。 こうした怨霊たちと何処かで手を切らなくてはならない。 人間にとって嫉妬怨恨も立派な感情の一つではありますが、大切なことは嫉妬怨恨に限らず、数々の感情を意図的に使い分けられる徳性を磨くことであります。 感情の匙加減を決める船頭は自分自身である。 カッとなったりムッとなったりイライラしたりヘラヘラしたり…。 人間の心に浮かぶ感情そのものが悪い訳ではないのです。 せっかくキャッチした相互の心模様を分析もせず、そのまま形振り構わず(感情の高ぶりのまま)言動に現すだけでは、感情に支配された奴隷である。 もっと人間は心の法則を学ぶ必要があります。 この心の法則が世間に浸透し辛い理由は何か…。 これは腹黒い本心を他人に見透かされたくない迷妄者たちが、現代の世の中に多く存在していることを裏付けております。 |