022 動物霊妖怪類に姿を変えた情念

 

 

怨霊たちの楽しみは幸せ潰しであると語りました。

その迷妄がエスカレートすると幸せ潰しが快楽となる…と。

こうして魂の傾向性が快楽に侵されると、その快楽の性質に合った動物霊に身を変えるのです。

心の法則は雄弁に語ります。

心に強く同じ思いを繰り返し描く者は、心の赴くところに従って思念を物質化させるのです。

霊人の物質化は性格(魂の性質)の動物化である。

強烈な快楽にまで高まった迷い心は、その快楽の性質に近い動物霊となって妖怪の類となるのです。

食欲や性欲が快楽となった動物霊(本来は人間霊)はタヌキの姿をしております。

人を騙したり裏切ったりすることが快楽となった動物霊(本来は人間霊)はキツネの姿をしております。

執念深く怨み辛み嫉妬を重ねて快楽となった動物霊(本来は人間霊)はヘビの姿をしております。

こうした特徴がハッキリとした動物霊(本来は人間霊)は解り易いが、更に害虫や昆虫、植物や鉱石などに姿を変えた人間霊も居ますし、伝説上の珍獣(竜・麒麟・河童など)に姿を変えた人間霊も存在するのです。

むしろ純粋な動物霊は精霊や妖精と同じく可愛いものですが、動物霊に姿を変えた人間霊は欲望が渦巻いている分だけの狡さや醜さがあります。

また元々が人間霊であるため動物霊の姿をしていても、大抵は会話にはならないが普通に話が出来るのです。

こうした動物霊の中にも心を浄化して魂が進化した霊も存在しています。

先ほど語った伝説上の珍獣は若干自我が残っていても、他者を手助けしたいという善なる心が芽生えています。

このように動物霊にも様々な魂の段階があり、人助けをするような動物霊は、やがてまた人間霊に戻って魂の純化に努めるのであります。

総ての根底に在るものは常に心の法則です。

心というものを人間が見失えば、心を見失った原因に近い動物霊に姿を変えるという心の法則性を、真摯に受け入れるしか手立てはありません。

それが自由意思を持った人間の責任(結果を受け入れる)ではありませんか…。

この自由意思を有する人間の責任(因果の理法)を受け入れられない間は、本来は人間霊でありながら動物霊に姿を変えたまま、何十年も何百年も何千年も低層霊界で生活することになります。

その期間が長くなれば人間としての意識も薄れ(人間であったことさえ忘れ)動物霊として永久に生きて行くのであります。

 

 

 

33 霊性開示 【暗黒思想編】