024 愛情と配慮は業火を消す聖水

 

 

ここまで嫉妬怨恨について語ってまいりましたが、人生には少なからず競争意識も必要で、魂の退化を抑えるためには他者との比較は致仕方ないでしょう。

ここから当然のことながら嫉妬怨恨との共生が始まるのである。

こうした感情も魂の成長過程を促進するために現れた人生のハードルであると思えるなら、むしろ嫉妬怨恨の感情は生長促進剤として有用かも知れません。

このように総てを受け止める強さがあれば良いのでしょう…。

困難と戯れる精神は小悟の境地であります。

誰もが苦難困難を避けて通りたがるが、全く障害の無い人生は有り得ません。

降り掛かる火の粉を避ける技術も必要ですが、シッカリと受け止めて解決に導く能力も必要であります。

人間が単体としての個性化を果たした時点で他者の存在を前提にしているはず…。

地上に生まれた時点で他者の存在を受け入れることが大前提であるはずです。

父がいて母がいて兄弟姉妹がいて家族がいる。

友人もいて職場の同僚や上司部下がいる。

通りすがりの人々も時には大切な智恵を与えてくれるはずで、嫉妬怨恨の経験から学ぶことも多いでしょう。

総てが人生の糧となる。

不必要なものは一つもない。

心に大きな影響(ダメージ)を受ける嫉妬怨恨の経験さえも、同じような問題に苦しむ人を救う為のサンプルとしては貴重な経験であります。

燃え盛る業火(嫉妬怨恨)は、何処かに必ず我欲という種火が隠れている。

この種火(我欲)を見い出すまでが苦しいのです。

しかし種火が見い出せたなら自分の心が見渡せるようになり、同時に他者の気持ちも理解出来るようになります。

そうなれば相手に対する配慮が始まり、それが愛情として自他の心を繋いで行くでしょう。

愛情と配慮は業火(嫉妬怨恨)の火種を消す聖水(真理)である。

そこに悪霊がいて心を乱さんと狙いを定めていたとしても、行き着く先は常に自分自身の問題であります。

一つずつ前向きに問題を解決する姿勢があれば、小さくとも光の進軍の前には悪運も退いて道を開けるしか手立てはないのです。

どうか謙虚な歩みを続ける貴方であるように…。

嫉妬怨恨霊との直接対決は最後の最後で良いのであります。

 

 

 

33 霊性開示 【暗黒思想編】