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031 汝自身を知れ |
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たとえどのような強大な悪魔に狙われたとしても恐れる必要はありません。 本来の人間としての本当の自分自身が神の子であると自覚しているなら、心の歪みを修正し、心の汚れを清掃すれば、悪魔は住処を失って宿替えするしかないのです。 最も恐れなければならない者は、己心の魔を何時までも居座らせる無反省人間である。 自分の心でありながら無法状態で悪魔の巣食いを放任している悪意隷属人間であります。 心を顧みて自己チェックする習慣が無ければ、精神はゴミ屋敷(荒れ放題)と化すのです。 汚れ穢れが心に堆積すれば、そこには害虫(悪霊)が沸き、浮浪者(迷妄霊)が寄り憑くようになります。 更に感情の統制(コントロール)が効かなくなると悪魔に居候されて、何時の間にか悪魔に家長の座を奪われてしまいます。 何はともあれ自分の心は自分自身で清掃浄化しなければならない。 これは気が向いた時だけ行えばいいのではなく、日々の暮らしの中に習慣化するべく自己反省であります。 もはや年末の大掃除に纏めて行うような悠長な考えで済むような時代では無いのです。 悪意が跳梁跋扈して故意に人間社会を混乱させんとする悪思念が、飛び交う電波の如くに地表を徘徊している現代にあっては、霊的視野で社会を見れば光化学スモッグ(悪思念)の中で生活しているのと変わりありません。 少なくとも悪思念と波長が合わない心の習性(傾向性)にシフトアップするべきであり、本来の人間の徳性を維持継続することが出来る人格形成を試みる必要がある。 そのため最初に取り組むものは何時も現状把握であります。 古事記の神話に書き残された伊邪那岐命の黄泉国訪問神話に記されたように、智慧(真理)の火を灯して黄泉国の惨状を確認することで、このままでは駄目だと気付くことから始まるのであります。 貴方よ誰かれ構わず他者批判を繰り返す前に、先ずは汝自身の現状を知るべきである。 自分自身の心の中に何者が巣食いがちであるか、何処に向かいがちであるか、何に引かれがちであるか、いつも心を奪われるものは何であるかを、常に精査する貴方であれ…。 現代は平和呆けで生涯を終えられる時代では無いことを忘れてはならないのであります。 |