|
038 窮屈なレッテル貼り人間 |
|
人間付き合いが苦手な人は、自分の思考の中に閉じ篭って、自己完結の世界で生きております。 そのため自分なりの判断基準に他者を無理やり当て嵌めています。 それは個人的な決め付けであり、言葉を変えればレッテルである。 本来は自由自在な人間の性質を個人的な型に当て嵌めて、窮屈なレッテルを貼って認識しているのです。 そのレッテル貼り人間からすれば、相手はそれ(レッテル)以上ではなく以下でもない…。 レッテルの型に納まっている間は真っ当に認識していますが、その型を越えたとしても頭ごなしに否定される。 ひとたび悪人と言う型に嵌められたなら、遣ること成すこと全てを悪事だと決め付けられる。 善意で行なった人助けも良い評価を得たいが為のポーズだと決め付け、相手の為に愛を行じても詐欺や略奪のための餌撒きだと邪推するのであります。 このような誤解や曲解は、偏見に満ちた先入観から生ずるのです。 世の中には根っからの悪人は居ないが生粋の善人も居ない…。 これは心の奥底まで推測が出来れば明らかとなる真実である。 他人にレッテルを貼りたがる人間は、外見からの見た目だけで判断しています。 つまり決め付けが多い分だけ人間としての思考の浅はかさが浮き彫りになっていると言うことです。 そうした見方(レッテル貼り)が相手を窮屈な人間に追い込み、返す刀で自分こそ窮屈な人間であると言うことを、その浅はかな言動で暴露しているのです。 そうしてギクシャクした人間関係のツケを本人が受け止めざる負えなくなります。 その結果やはり人間不信者の仲間入りを果たすことになるのです。 個人的な偏見が如何に害悪であるかを現代人は知る必要がある。 現代を生きる貴方よ、愛用している色眼鏡(偏見)を外しなさい。 貴方の色眼鏡(レッテル)は誰かの心を傷付けていないか…。 風貌の奥底から滲む出してくる光の片鱗が貴方には見えないのか。 型に嵌めなければ相手を認識することが出来ないなら、やがて世界はコンピューターに支配されることになるでしょう。 レッテル貼り人間の多くは、自身の優越感を満足させるために行われている。 しかしその張りぼての優越感は、心の狭さを証明するには十分であります。 |