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040 優しさは愛深き人の証し |
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ここまで人間不信について語ってまいりましたが、魂の素地は他者との関わり合いの中で磨かれて行きます。 人間嫌いな人は他者との関わり合いが面倒に思う習性があります。 個性化が進んだ現代は自分の意図に反する相手を排斥する風習があるからです。 そのような自由な個性化とは何であるか。 利己的な自分勝手が個性化では無いはずです。 強欲的な得手勝手が個性化では無いはずです。 不特定多数の人間が社会で共同生活を送るためには、そこに秩序と調和が無ければならない。 秩序とは公平な観点で個々人を正しく評価する、社会人としての大切な努力精進の基準である。 調和とは平等な観点で個々人が正しく協力する、社会人としての大切な扶助精神の基準である。 そこには人間同士の理解と配慮が触媒となっております。 自分一人だけの幸福を求め、競争者を蹴落としてまで頂点を目指した高度成長期は、既に過去のものとなりました。 しかし偽りの繁栄(高度成長期)は崩れ去ったが、今だに過去の栄光を捨て切れない迷妄者が、現代社会を狂わし続けています。 霊性開示を迎える21世紀の現代人は賢く生きなければならない。 この賢さが小賢しい悪知恵にならぬように、人格そのものを高める必要があります。 自分の徳性に余裕がないからこそ他者の気持ちが見えないのです。 霊性を否定してきた旧世紀の悪態を何時まで続けるつもりでしょうか…。 霊性の時代は互いの心を分かり合った上で、相互理解と他者配慮が人々の魂を繋ぎ合わせる心の鎹(かすがい)となるのです。 そこに展開する愛は、生身の人間としての優しさであります。 自分本位の人間には本来の愛深い優しさがありません。 彼らが形だけ真似る優しさは、自らの利得に繋げる為の偽りの優しさである。 こうした偽りの優しさは詐欺や利得の材料に使われています。 本来の愛深い優しさには地道な積み重ねがあり、その優しさが本物になれば深い信頼関係が築けるのであります。 日々の努力精進も何も無いまま形だけ真似る優しさには持続性がありません。 偽善者は何時の時代も忍耐力に乏しく霊耐力に疎いものです。 愛深き優しさを貫ける高徳者を一人でも多く育てなければなりません。 これが人類の明るい未来を開く唯一の鍵であります。 |