042 汚点を隠す為の周辺汚濁

 

 

疑心暗鬼に終始する人は、相手に対する決め付けが著しいのです。

どんなに良策を心掛けても、本心には悪意ありと見ているのです。

これはそのまま視野の狭さを物語っています。

しかも自身の内なる悪意の存在をも暴露している。

こうした内面の悪意を薄々は感じているため、それを一生懸命に隠そうとするのであります。

自分の内なる悪意を他人に知られないように(気付かれないように)画作を繰り返すのです。

内面の悪意を抱え込んだ人間は自己反省が出来ません。

反省が出来ないからこそ悪意の同居を許しているのであるが…。

そのため心の汚点を目立たないように、自分の周囲を同色に染めて安堵するのです。

そこに展開するものは弱者への罪作りであります。

自分の周囲に何らかの罪人が多く居れば、自らの汚濁が目立たないという憐れな愚行を繰り返しています。

そうすることで自らの少々の悪事は目立たなくなるからです。

大抵の疑心暗鬼者は、それなりの知恵を持っています。

この場合の知恵は単なる知識にすぎません。

しかもこの知恵は悪知恵である。

自分の内面の悪意だけを擁護する為に、他者を悪事に陥れる愚行は決して許されるものではありません。

罪無き人に罪過を押し付け奈落の底に陥れた張本人(黒幕)は何事もなく生きている。

これは運が良い訳ではなく、黒幕の中に巣食う魔物が自らの居場所を確保する為に暴れている…。

つまり黒幕は魔物の手先として利用されているだけの話である。

こうした黒幕の行き着く先は廃人です。

内部から全てを食い尽くされた末に不必要となった黒幕は捨て去られる運命にある。

こうした憐れな末路に落ち込まない為には、早目々々に自己反省を通して内在の魔物を見つけ出し駆逐するしかありません。

自らの疑心暗鬼が執拗に繰り返すようなら、やはり何か変だなと気付かなければならないのです。

この気付きは意図的な反省の時間や場所を有している人には安易なものとなりますが、そうした習慣が全くない人には無縁な気付きであります。

 

 

 

33 霊性開示 【暗黒思想編】