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050 危険極まりない感情移入 |
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自己陶酔に於いて危険地帯に入り込み易いものとして麻薬類を上げましたが、それと同等の危険な自己陶酔に感情移入があります。 感情移入は対象に成り切る度合いに応じて、徐々に自分の意識も薄れて行くのです。 先ごろ危険な宗教団体のマインドコントロールが騒がれましたが、これは強烈な自己暗示を通して感情移入を悪用されたケースです。 憧れの対象に成り切りたいと想う気持ちは切なる願いであればこそ、努力精進を続ければ何時かは実現する思いである。 この時に自我を捨てることで拾う真実もあることは事実であります。 しかし自我の中には捨ててはならない生命のプライドもあり、感情移入に臨む際にも最後の砦としての自分(神の子としての自覚)を見失ってはならないのです。 こうした感情の統制は徳性上達者でなければ難しい問題である。 いつも沸き上がる感情に振り回される人間には無縁の徳性です。 また欲得願望に翻弄される人間が感情移入を行なえば、波長同通の悪縁で陰湿な悪魔の蹂躙に悩まされることになります。 舞台の俳優が疑似体験として演目の主役に感情移入する場合とて、誠に残念な話ですが、深く感情移入するほど演目は喝采を浴びるが、その感情移入から解き放つ術(魂の解除力)を知らなければ、役者生命も短命に終わることになります。 なぜなら感情移入とは霊現象の憑依と同じ作用を受けるからであります。 魂の解除力をも身に付けた俳優こそ、大役者として後世にまで名を残す舞台を演じられるのであります。 現代人が陥り易い感情移入は性格性癖への移入である。 同じ性格(同じ性癖)を繰り返すことで、その性格(性癖)が恰も自分自身であるかのような錯覚に陥ります。 そうして善人であればあるほど自暴自棄に落ち込み、容易く自分を赦さない場面が多いのです。 しかし悪人は全く反省もせず、悪性格(悪癖)を正当化して人目を欺くことを見れば、善人の自己批判は真っ当な自己反省に近いと言えるでしょう。 自分の悪態(悪癖)が見えなければ、他人の性格も正しく見えるはずもなく、そうした悪態迷妄者が他者批判に明け暮れる背景には、感情移入を縁とした悪霊憑依の事実も浮き彫りになるのであります。 |