051 感覚陶酔の果ては動物化

 

 

自己陶酔が感覚陶酔へと片寄ると、更に深刻な事態を招きかねません。

感覚すなわち五官の感覚に作用するのは殆どが動物霊であります。

視覚・嗅覚・聴覚・味覚・触覚…。

これらの感覚的機能に頼って生きているものは動物です。

動物たちが持つ感覚的機能は、むしろ人間よりも優れているかもしれません。

会話という言語を持たない動物が生活の頼りとするものは感覚である。

そのため五官の感覚が研ぎ澄まされても不思議ではありません。

しかし動物にとっての感覚は生き抜くための必需品であり、自然界の厳しい掟でもあります。

それは生死を掛けた真剣勝負であり、生命継承の為の命を懸けた営みである。

方や人間は五官の感覚を遊楽の道具として扱うため、深みに嵌れば感覚陶酔に陥るのです。

味に酔い痴れ、観賞に酔い痴れ、音に酔い痴れ、匂いに酔い痴れ、触り心地に酔い痴れる…。

総ては程々の遊楽で止まれば心の豊かさに繋がりますが、何事にも度を越すと感覚陶酔の深みに嵌るのです。

それを霊的に助長してくるのが動物霊であります。

動物霊と言っても彼らの多くは元人間である。

霊界は心の世界であり、思念の成就が日常茶飯事であるため、五官の感覚に於いて度を越した人間霊は、霊界にて動物に姿を変えるのです。

動物的な嗅覚があれば欲望願望を果たせるなら、人間霊は感覚的思いの深みに嵌まり動物霊の姿になるのです。

その事実に気が付かない人間霊(動物霊化した人間霊)が多い。

何故なら動物霊と化した人間霊は個体としての意識に治まっているため、意識機能が自己中心になっている…。

当然のことですが自己を顧みることもありません。

因みに自己を顧みることが出来れば自らの醜態を恥じて自己反省が始まり、動物霊の姿から人間霊の姿に戻れるのであります。

感覚陶酔は人間としての高尚な意識を鈍重化させて、魂の退化に引きずり込む危険があるのです。

また感覚陶酔は人間の三大欲求(食欲・性欲・睡眠欲)を加速させ、動物的な貪欲さへと走らせるのです。

くれぐれも度を越した感覚陶酔に引き摺られないように…。

魂の動物化は、生命体としての退化であるのです。

 

 

 

33 霊性開示 【暗黒思想編】