056 霊性のバランス感覚を持て

 

 

中津瀬精神は簡単に見えて難しい生き方であります。

程良い位置関係が自分を起点にして考えられれば簡単ですが、人間社会は複数の意見が交錯する世界である。

なかなか自分一人の思い通りには行かないでしょう。

しかしそれはそれで良いのです。

自分だけでは気付けなかったものが、他者の視点ではリアルに見える場合も多いはず…。

他者の視点は客観視を深めるためには貴重な参考事例になるでしょう。

客観視そのものにも果ての無い深みがあります。

その究極には実相世界の大神が存在します。

高い慧眼、広い認識、深い洞察。

総てを具えた最大最高究極の存在は実相大神である。

自分一人の主観が如何に小さなものであるかは、客観視を突き詰めて深めた者でないかぎり解らない世界観です。

そのため覚者(高徳者)ほど自らの小ささを自覚している。

物質世界の大小優劣に拘る人間には無縁に近い世界観である。

霊性を開いた高徳者たちは、常に無限と永遠の世界に向き合っています。

その中で自らの立ち位置や現状を把握しながら生きているのです。

目で見える物質世界の相違だけでは人間同志の本来の在り方が測れないのであります。

形は便宜で繕うことも出来るし、色合いも後から付加することが出来る。

そこに本質としての人間性を見抜くためには霊性を磨くしか方法はありません。

霊性に於けるバランス感覚こそ徳性開発の総てである。

この霊性は未来のコンピューターでも物真似が出来ない、人間本来の生命の実相であります。

この霊性を閉ざすものが自己陶酔である。

自己陶酔で感覚麻痺に陥れば、人間関係の距離感が狂わされます。

また自己陶酔で感情麻痺に陥れば人間関係に摩擦が多くなる。

更に自己陶酔で心性麻痺に陥れば危険人物の烙印を押されます。

程々の自己陶酔は人生の妙味となりますが、これは人生の達人のみが語れる悟りの境地であります。

自己陶酔を甘く見てはならない。

内部侵食は急性発作でない限り、誰にも気付かれない程の静かな侵食を続けるのです。

自分だけは大丈夫だと思う気持ちの中に、驕り高ぶりの魔の手が入り込んでいます。

皆さんが住まう地上世界は天国(霊的世界)ではないのです。

弾丸(悪思念)砲弾(悪口論)核兵器(凶悪犯罪)が側近くを飛び交う社会に生きている。

自主的な防御(徳育)も心掛けなければ、流れ弾に致命傷を受ける危険と隣り合わせで生きているのであります。

 

 

 

33 霊性開示 【暗黒思想編】