077 傲慢…自己過信の権化

 

 

五毒の最後に控えているのが傲慢である。

傲慢とは驕り高ぶりで相手を見下す思考言動であります。

それは己れの力量を過信した者が陥る大きな落とし穴である。

過信が深まると盲信となり、それが慢心へと繋がっている。

慢心(傲慢)は自己過信の権化であります。

正確な自己評価(反省回顧)をしてこなかった人が、自己の現状を十分に把握もせず何でも出来るような錯覚をしても、やがてヒタヒタと押し寄せる人生の荒波に呑み込まれ、深い暗黒の淵に吸い込まれるように落ちて行きます。

何故そのような数奇な運命を辿り易いかと言いますと、傲慢の波長が地獄の悪魔たちの波長に合っているからであります。

悪魔の性質は殆どが傲慢である。

中には知恵ある悪魔が傲慢色を隠して善人ぶる者も居ますが、その素地(魂の傾向性)は隠し切れません。

一般人は誤魔化せたとしても高徳者を誤魔化すことは出来ない。

何故なら傲慢は自分の主観が言動の核となっているからです。

そのため語る言葉や書き残す文章の中に自分を指す主語が多くなります。

そこには自己が高評価を得たい気持ちが滲み出してくるのです。

もともと自己主張が多い人は才能があり信念が強い人が多いのも事実です。

しかしそれは技巧的な才能でありまして、技巧は善にも悪にも扱える価値中立的な位置にあります。

そのため才覚の高い人ほど魂の基礎研鑽に時間を掛けなければならず、特に彼等が魂に刻まなければならないものは、近い将来に起こるであろう数々の誘引(魔界からの誘惑)に負けないような謙虚の徳性である。

謙虚の徳性は傲慢の毒酒を寄せ付けない精神力を身に付ける。

また魂の基礎研鑽として忍耐力・霊耐力を磨くことが出来る。

傲慢な人間は気長に時を待つことが出来ません。

利得や地位名声をチラつかせる悪魔の囁きを退けることが出来ないのです。

傲慢(慢心)という心は悪魔の心であり、暗黒思想(八岐大蛇)の手足に該当します。

傲慢の毒酒に侵された時点で、既に魔界の手先に成り果てているということを知って致だきたい。

世の中には知らず知らずの間に悪事に加担している愚かな人間も居ます。

自分の言動は何処に向かっているのか…。

自分自身で自己チェックしなければ悪意の垂れ流しになってしまうのであります。

 

 

 

33 霊性開示 【暗黒思想編】