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081 反省なきノンストップランナー |
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この第10章では過信盲信について語ることになります。 前章の五毒(我欲・欺瞞・愚弄・下劣・傲慢)の中に傲慢という毒酒がありました。 この傲慢の毒酒は過信盲信に陥り易く、最も目覚め難い迷盲道の極致であるため、10章では今一度掘り下げて語ることにします。 過信盲信は心根の強さが悪の道に嵌まり込んだ状態である。 信ずるものが個別意識の対象となり、別離離散を選択肢として受け入れ、自我我欲を貫く方向に心の針を固定する迷盲道であります。 迷盲道にロックオンされた迷盲者は、自身の心を反省回顧することを嫌います。 自分は(自分だけは)間違っていない…と思い込んでいます。 一点の曇りも無いと信じ切っているのです。 こうして危うい精神を貫くためにプラス思考や光明思想を悪用する人が後を絶ちません。 プラス思考も光明思想も光(生命の実相)に向かうからこそ意義があるのです。 遣りたい放題で何でもあり人間がプラス思考や光明思想を扱えば、反省なきノンストップランナーは破滅への道を直走るのみである。 しかし人間には完璧な人が一人も居ないし、完璧ではないからこそ無限生長を臨めるのである。 迷盲者の迷い道は信念の強さが仇となる。 そこまで行くと誰にも止められないし、むしろ他者の指摘や注意勧告が逆恨みの対象となります。 誠に厄介な迷盲者に成り下がるのであります。 彼等の進む道が間違った迷盲道であると指摘することは、彼等にとっては信仰に対する侮辱以外の何物でもない…。 従って指摘や注意勧告は彼等を頑固者や偏屈者にするだけである。 信仰と言うものは誠に難しい問題であります。 悪魔は反省などしたことがない。 新興宗教の多くに反省の教えが見当たらないのは何故であるか…。 こうした間違った新興宗教の絡繰りを見破る貴方であれ。 アクセルしか付いていない自動車を運転しながら、もしもの際には保険に入っているから大丈夫だと言う訳には行かないでしょう。 徳性開発はアクセルとブレーキの使い分けを学ぶ徳育であります。 使い分けをする部分こそ人格を育てる最良の要になるのです。 過信盲信は何人も戒めなければならない。 反省回顧なき猛進は魂の固着状態である。 固着した魂は思考回路が浅く軽薄な人間となり、他者への無謀な対応も多くなるのであります。 |