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083 視野の狭さ・知恵の浅さ |
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過信盲信迷盲者は過去を振り返りません。 当然の話で反省回顧は行われず、そこから弾き出すべく教訓も見い出せない状態である。 何故なら彼等は今だけを生きているのであります。 現在只今の自分に自惚れる者が提唱する前後裁断は、単なる御都合主義の切り捨てに他なりません。 都合の悪いものは見ない(見たくない)だけでは、道元禅師の悟られた前後裁断の本意が全く分かっていないのであります。 悟りというものは机上の空論ではなく、ましてや記憶の集積でもありません。 真理の言葉を知っているだけでは人生に何も役に立たず、あやふやな浅い知識を振り回して、意味の無いクイズ合戦を楽しむ程度の言葉遊びである。 真理は行ないが伴なってこそ悟りになるのです。 学びは集積の知識量ではありますが、悟りは究明洞察の深さが無いと得られません。 浅はかな認識力では前後裁断の本意は理解出来ないのである。 悟りの深みは何処にあるのか…。 それは過去の記憶(霊性)の中に無限なる深みがあります。 未来の希望(霊性)の中にも永遠なる深みがあります。 そうして過去の真理と未来の真理を現在の貴方が繋ぐ(結び合わせる)のである。 そこに神の子としての生命の絆が現れてくるのです。 この生命の絆(実相)は捨ててはならないのです。 前後裁断するものは偽りの自我のみである。 かつて大悟を経験された偉人たちは過去を振り返り、反省回顧を通して禊祓いをされたのである。 心の表面に蔓延る不純物を薙ぎ払い、奥深くに佇む本来の自分(生命の実相)を迎え入れたのであります。 どうか貴方も知ったかぶりを止めて、本当の悟りを目指すべきではないでしょうか…。 現代人に最も兼ね合った魂修行は徳性開発であります。 徳性開発の基礎研鑽には謙虚の徳性があり、この謙虚の徳性を積み重ねることで、軟弱な精神を狙う魔界の誘引(道を外させる愚行)を凌ぐことが出来るでしょう。 貴方も自分自身に何か光の使命役割があると観ずるなら、迷わず徳性開発(基礎研鑽)を地道に積み重ねて下さい。 貴方たちの高い能力を魔界の手先として使われませんように…。 力の倫理は高徳者が扱えば救世の金剛力に成るのです。 貴方たちの能力は常に弱者を助ける為にある。 どうか自分の甘えを戒めて致だきたい。 |