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084 気付き得ぬ未熟な経験値 |
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道に自惚れる人間は、現状の自分が何でも出来るような錯覚をしています。 それは物事の表面(しかも利点)のみを受け止めて、裏面(欠点)を見ないからであります。 現実的な利点だけを見れば大した努力なくしても良結果は得られるように思いがちです。 しかし物事には表があれば裏があり、左があれば右もある…。 これは地上世界に光が当たれば影が出来るようなもので、影には本体となる物体があり、その本体の動きに合わして忠実に影も動くのである。 心の法則からすれば真理の光明は霊的世界から差してくる。 地上世界に現れている物質は総て心の影であります。 人生に巻き起こる全ての事象は、良し悪しに関わらず総て心の影であるのです。 現実問題として現れてくる人生百般の諸問題は、すべて自身の心の中に正確な解答がある。 その解答を見い出すことが反省回顧(自己反省)であります。 どんなに多くの経験を積んでも、反省回顧(自己チェック)なくしては尊い経験値に成りません。 あの経験は何の意味があったのかを精査する貴方であれ…。 さすれば尊い経験値(真理)は未来を生きる智恵となるであろう。 その振り返りを深めることで貴方の経験値は人生の教訓を教えてくれるでしょう。 その教訓は未来の貴方を窮地から救う命綱となるのであります。 反省が出来ない迷盲者たちには自己チェック(成果の確認)がありません。 その日暮らしでは未熟な経験値しか得られません。 結果(しかも良い結果)しか見ない者は学習能力が乏しいのです。 正しく心の内面を見渡して、原因から経過そして結果に至るまでの一連の流れを深く洞察する貴方でありますように…。 救世の時代に救うべく対象は人々の心であります。 心の世界に松明を灯して、今まで闇に塗れて見えなくされてきた精神を、自己の瞳(心眼)で見渡す努力が必要であります。 反省回顧の途中には心を惑わす横槍も入ります。 時には不安や恐怖を煽られることもある。 そうした時には光を想い出して致だきたい。 燦々と照り輝く太陽の光は、イメージを抱いた瞬間に貴方の心を光で満たすでしょう。 過信盲信の迷盲道には真理の光明が届かないのです。 過信盲信者の精神は厚い雲で覆われた状態であり、そこに太陽があっても光が差し込んで来ないのです。 |