086 自我と個性の違いを知るべし

 

 

利己的主観に拘る人間ほど過信盲信の罠に嵌り易いのです。

世界が自分を中心に回っていると錯覚する者は、まるで麻薬患者の幻覚幻聴状態と同じ症状である。

徳の高い人間ほど自己拡張の度に謙虚さが増すのです。

自我に拘る人間ほど利己的感情に酔い痴れて失敗するのである。

自分の命が終われば同時に世界も終わると思い込んでいる現実至上主義人間も未だに存在する。

自分の命が終わっても世界は終わることなく永遠に続きます。

本来は自分の生命にも終わりがなく、永遠に転生輪廻を繰り返しながら魂の向上進化を目指すのである。

思い上がりは人間の小ささを自己表現するだけなのです。

創造の大神は比肩するものを創造してはいないのです。

総ては大神の分身分霊である。

個性は神職としての役割なのであります。

こうしてみると自我と個性の違いが見えてまいります。

自我は自分が中心(自己中心)であるが、個性は絶対者(創造主)こそが中心である。

実相宇宙の大中心に総ての個性(霊意識)が帰一してこそ、宇宙の秩序は大調和の基に保たれるのであります。

自分が我れが俺が…と我(が)を張る心が人を狂わせている。

神々がアセッションを急ぐ理由は世紀末に我欲者人間が量産されてしまったからである。

自分だけの楽しみ、自分だけの喜び…。

こうした自己満足は誰にも迷惑を掛けない時間や範囲を弁える必要があります。

自我の確立は個性(善我)の育みの為に行なわれるべきである。

最高の人徳者は最大の個性(役割)を得心する者であり、既に地道な努力の積み重ねを営々と続けておられるはずであります。

あれこれと能書きを垂れる余裕があるのなら自己研鑽に励んで下さい。

足元(基礎精神)を強化しておかないと、簡単な自我への誘惑にも勝てない軟弱な足腰(基礎精神)になってしまいます。

自己評価ばかりを求める人生には魂の安堵は感じられません。

自己評価は他者比較を通した自己満足に他ならない。

未だ魂が幼い者には競争意識が有用ではありますが、人のための夢追い人には更に高度な次元精神が求められるのであります。

 

 

 

33 霊性開示 【暗黒思想編】