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088 直向きな謙虚さは王道である |
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過信盲信について今章では様々に語ってまいりました。 失望怠惰に嵌まり込む人に比べれば、過信盲信の罠に嵌まり込む人の方が前向きな努力があり才能も認められます。 しかしその才能に溺れ自惚れる者は、未だ徳性が何たるかを知らない人間である。 才能という動力には謙虚さという潤滑油がないとオーバーヒートを起こしかねない。 一人で熱く燃えても虚しい灯火で終わってしまいます。 才能が高まれば高まったなりの謙虚さの深さが必要になります。 高度な動力には高度な動きに似合った潤滑油を使わなければならないのです。 まさに直向きな謙虚さは大道である。 才能の高まりを常にフォローする謙虚の徳性を磨き続ける貴方であれ…。 高徳者ほど謙虚さを貫いている。 稔るほど頭を垂れる稲穂のごとく突出を喜ぶトラブルメーカーには成らず、円やかな心で人と接する高徳者こそを目指せ…。 他者との競争原理を利用しなければ成長出来ない人間は、未だ幼い魂を引きずって生きている精神軟弱者であります。 高名や名声に憧れる気持ちは、野心の中に個別意識が見え隠れしているのです。 遥かに高い徳性を目指す人は小さな一歩を大切にする。 更なる一歩を重ねる努力を惜しまない人である。 運命の紙一重は謙虚の徳性に関わっている。 この運命の紙一重を越えられないが為に道を狂わせた才覚者が多いのである。 それだけ現代人は霊性を開くことが困難な時代に生きているのであります。 地上人間が霊性を開くことを待っているのは天国の神々だけではありません。 不完全な心のまま地上人間が霊性を開くことを待っているのは地獄の亡者たちである。 悪魔は自らの野望を果たさんがために手先となる操り人形を探している。 未だ軟弱な精神のまま野心の多い人間が常に狙われているのです。 魂は悪魔に売るためにあるのではなく、神の慈愛を地上に実現する為に自発的に魂を使用するのが使命であります。 自らの役割を真に知る者こそ、救世を獅子奮迅たる気概で生きる徳性求道者であるのです。 正しい評価を同時代に求めることは難しい…。 正確な魂評価は後の世(数百年後)であればこそ精査出来るのである。 自分の評価ばかりを追い求めず、貴方が出来得る善行愛行を無欲無心に努めて生きる徳性をこそ磨いて致だきたい。 |