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091 忘れ去られた心の融通性 |
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魂の固着(物質化)は霊性を見失うことで始まります。 地上に生まれ出た赤ん坊は暫くの間は霊界の記憶を持続している。 しかし地上的な慣習に馴染むことで徐々に霊性が薄れて行くのであります。 成人した人間が幼い頃の記憶を辿る時に、何歳まで遡って思い出せるかを試みてみれば、幾つぐらいで霊性が閉ざされて現象的慣習に記憶が置き換わったかが分かるのです。 例えば2歳以前の幼い記憶が無いならば、2歳頃までは霊界の記憶があり霊性が残っていた可能性があります。 そうして2歳頃に霊性を失うようなインパクトの強い何かを体験したか、自分自身で霊性に幕を降ろして家族と共なる境遇意識に切り替えたのです。 この記憶(霊性)の境目は人それぞれ違いはあるでしょうが、だいたい2〜3歳頃に切り替わる人が大半ではないでしょうか…。 赤ちゃんが片言で言葉を話し始めて、家族(両親)と会話が増えるに従って、徐々に霊性が薄れて行くことになるでしょう。 霊格の高い人は人生途上で何らかのキッカケを得て自力で再び霊性を取り戻します。 しかし大方の人間は霊性を取り戻せないまま肉体の死を迎えて様々な霊界に旅立つ(魂の世界からすれば帰天)のであります。 そうした人々の多くは心が地上的感性として固着(物質化)しています。 魂の固着は本来の霊性からすれば不自由な意識の塊(かたまり)である。 塊とは土に属すると言うことであり、意識の固着(物質化)に他なりません。 つまり本来の自由自在な融通性を無くして地上的感性に対して囚われの身になっている。 とくに現代人には物質化人間が多く、肉体の死後に元いた霊世界に帰れない人間(霊魂)が半数近い確立になっております。 これは自我(自己主張)が強くなればなるほど本来の霊格を下げる傾向があり、運良く霊格を維持することが出来たとしても、肉体死後に霊界へ帰れば裏側の世界に自ら赴くことになります。 これも万人が逃れられない因果の理法(心の法則)であります。 新創世記が降ろされ霊性開示が始まった21世紀は、地上人間として生きながら霊性を開き、徳性を磨くチャンスが到来しています。 アセッションは待ち望むものではなく、自らの努力精進で立ち臨む者に訪れる次元上昇であります。 |