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094 独善の行く末は力による支配 |
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思い通りに行かない人生を怨んではならない。 思い通りにならないからこそ魂の学びや自己研鑽が始まるのです。 順調な人生には安定感があるが、物事の解決力(リカバリー)は苦難困難を乗り越えた本人であるからこそ身に付く徳力である。 強力な常勝思考や光明思想は憧憬の対象にはなるでしょう。 しかし百戦錬磨の大偉人は奇跡的な確率でしか存在しません。 ここは自身を驕らず高ぶらず、コツコツと精神力を磨く努力が大切であります。 自惚れは基礎精神を軟弱化して足下強化を疎かにしてしまいます。 シッカリと大地に自らの足で立つように…。 時折り脚下照顧して反省回顧の時間をもつ貴方であれ。 反省が出来ない人間は自らの間違いに気付けないのです。 これは責任回避や他者転嫁に走る独善者の哀れな姿を物語っています。 そこには信頼関係が築けるはずもなく、独善強者は力の倫理で罪の無い衆生弱者を従わせようとするのです。 もはや徳の無い彼ら(独善者)は地上的な力の倫理に頼るより他に手立てがないのです。 しかも信頼関係が保てない彼らは世の中の見方が悪視に片寄るのです。 そこにまた地獄の亡者が憑依して何時しか危ない言動が増えるのである。 人は辛抱すれば苦しみ悲しみには耐えられるが、喜び楽しみの放棄には耐え難いのです。 順風満帆の独善者が自分自身に自惚れたなら、喜楽に対する我儘が放ち難くなる…。 つまり執着に弱い精神が出来上がると言うことであります。 もともと優秀な人材であったにも関わらず、独善に走ったがために目先の狭道しか見えなくなったのです。 独り善がりは禁物である。 彼が欲しがる力の倫理は、周囲(他者)を自分に(自分の考えに)従わせるための力(兵力・財力・権力・腕力…)でしかない。 本人自身の魂の本質は、閉ざされた心の扉の奥底に仕舞い込まれているのです。 こうした独善者を国家のトップに座らせてはならないのです。 民主主義の危険な所は独善者を国家の中枢に押し上げる可能性もある。 民主主義の採決に扱われる多数決も力の倫理(数の力)に該当することを忘れてはならないのです。 何時の世も力の倫理は独善者に利用される。 魂の迷い子の多い時代は未だ力に頼る原始時代であったと、未来の学者たちが口を揃えて唱える日がやってくるでしょう。 |