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096 謙虚さとは個から全への昇華 |
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それでは謙虚さとは何であるか…という問い掛けが出てくる必要があります。 控え目が謙虚さであると誰が決めたのか。 抑える必要があるのは横暴な自己であり我儘な自我である。 物静かが謙虚であると誰が言ったのか。 弁える必要があるのは独善悪視に走りがちな自我のみである。 本来の謙虚は其れらの逆であるのです。 謙虚さを想う時には何のために其れをするのかが重要であります。 自分勝手な言い分に我を張る人間が多いのは相手の気持ちを配慮しないからである。 得手勝手な行動を繰り返す人間が多いのは他者の立場を考慮しないからである。 ここで結論を言えば、心の針(羅針盤)が何処を向いているかによって、言動は同じであっても結果は大きく変わってくると言うことであります。 自分(個)だけの幸せを思えば周囲との関わりに於いて溝が深まるだけである。 相手(全)だけの幸せを想えば自分の存在が何時しか見えなくなるのである。 貴方は其れで良いのか…。 貴方の自己存在は何のためにあるのか…。 生命の本質は霊性であります。 自己存在の在り処は霊性であるにも関わらず、形態(物質肉体)が我れであるかのように錯覚をしている現代人は魂の迷い子である。 形態は個別化することで自己存在をアピールするが、自己認識がピンポイントであることに変わりはない。 霊性は形態から魂を解放することで生命の大海に意識が融和するのである。 もう其処には個人的な囚われも拘りもなく、全体の繁栄のための自由自在な霊性(個性役割)があるのみである。 謙虚さは霊性を自発的に発揮するところに活躍の場を求めるのであります。 つまり主体的な努力精進を貫くことが、本来の謙虚さであると言うことであります。 貴方も個から全への昇華を果たしなさい。 何時までも小さな自我の中に埋没せず、自己限定の殻を破り、旧態の呪縛を解き放ち、堅き心の扉を自らの手で押し開いて、希望と勇気の両翼を広げて今こそ翔び立つ時である。 |