097 真理を知らない罪作りの大罪

 

霊性開示の最終章題として因果応報について語ることにします。

物事には全てに於いて原因があり経過があり結果を齎らします。

山から海へと流れる川のように、上流(原因)があり中流(経過)があり下流(結果)へと繋がっている。

人生途上で現れてくる様々な障害は、その障害を発生させた原因が何処に必ず存在するのです。

人間社会に巻き起こる事件事故や病気挫折に至る様々な運不運も、全てに原因があり経過があって、不具合としての現象(結果)が現れている。

それらに自分が少しでも関わっているなら、関わったなりの原因や経過が自分の中にも存在すると疑わなければならない。

地上世界は一期一会の縁が織り成す複雑な社会であります。

袖振り合う多少の縁で繋がる隣人も居れば、同じ町内に住みながら生涯一度も関わらない人も居るのです。

そうした中で目前に立ち塞がる様々な問題が自分にも及ぶなら、その問題の原因経過の一端は自分の中にも存在すると認めなければならないのです。

自分には関係ないと興味すら持たないつもりであっても、周囲に巻き起こる事件事故が自身の記憶に入ったことは事実であり、その外界から飛び込んできた現象的な問題に多少でも心が引っ掛かったなら、人間として何時かは受け止めなければならない(避けては通れない)心の問題であると言うことです。

本来は縁の無い事物が我が身に及ぶことはありません。

何らかの関連事項であるからこそ見聞きしたニュースにも関心を持つのであります。

少なくとも人間として地上に生まれたからには人類共通のカルマを背負っている。

何処かで誰かが犯した罪でさえも他人事では済まされないのです。

人々が常日頃から心に思い描くビジョンは、その意味内容のまま全世界に心的波長として飛び交っています。

そうして何処かの誰かが同じ波長に共鳴して、本人の境遇の下に心的波長を現実問題として物質化するのです。

遠い世界で人が人を殺めているのを他人事のように見聞きしているが、その実は目に見えない心的波長で加担しているかも知れないのです。

真理を知らないまま行なわれる罪と、真理を知って行なわれる罪とでは、結果に於ける惨状に違いが出てまいります。

人として行ってはならないことを知らないがために、手加減すらしないまま断行される罪は、罪作りの大罪に当たるのであります。

 

 

 

33 霊性開示 【暗黒思想編】