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046 足ることは学習である
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時代性を押し上げる為には学問は有用な手段であり、その有用な手段を繰り返し学習することで、知識は確かな知性を構築するということでした。 つまり知ることは未だ学問でありますが、その学問から得られた学識を繰り返し学習することで、満ち足りた知性が魂心境として根付くのであります。 学問は知ることであり、学習は足ること(善果が満ち足りること)である。 何事も浅はかな知恵のままでは応用が効かず、少ない経験値では博識は得られない。 地道な努力の結晶として結実する果樹(善果)こそ、誰にでも栄養(成果)を分け与えられるエナジー(教訓)と成るのです。 普段から繰り返し積み重ねる小さな経験が大切であります。 大きな成果ばかりを追い求めて息切れする人生は時間の無駄である。 ランダムに置かれた大きな岩石には隙間が多いのであり、コツコツと積み上げた細石の方が盤石な基礎が出来上がるでありましょう。 時代の転換期を迎えた現代人よ、見た目の大小重軽優劣だけで経験値を勘違いする事なかれ…。 それは距離でもなく時間でもなく、物質でもなく肉体でもなく、全ての形を超えた其の奥底に、真実なる愛が展開するのである。 知識だけを寄せ集めた所で、その使い方(扱い方)を知らなければ宝の持ち腐れであります。 手軽な知識を拾い集めて頭デッカチになった似非知識人が、寄せ集めの知識で他者批判を繰り返す愚行を辱めもなく演じている。 本物の博識に至った善良な知識人は拾ってきた知識を其のままでは扱わず、相手に兼ね合った知恵に変換して、救道善道にこそ知識を使い分けるのであります。 それが人徳者たちが地上に生まれた意味であり、彼らが混沌たる時代を生きる意義でもある。 貴方よ自分の幸せの為だけに知識を使わず、誰かの幸せの為に知識を扱うべきだ…。 愛他精神に溢れた知識人こそ、天界から派遣された霊性人徳者としての人生を貫けるのであります。 |