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052 机上空論は学徳に非ず
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学徳とは何であるか…。 それは精神世界の浄化であり魂の学びであります。 人間の本来の魂(生命の実相)は汚れたり穢れたりするものではなく、神の子としての生命の光は、真善美に於いて光るべくして光るのです。 それでは何が汚れたり穢れたりしているのかと言えば、魂(生命の実相)に付着したゴミやチリなどが汚れたり穢れたりしているのである。 その付着物(ゴミやチリ)の正体は人間の心の迷いであったり、自惚れや欲得願望であったりするのです。 迷い心がゴミのように魂(生命の実相)を覆い隠し、自惚心がチリのように魂(生命の実相)を醜く穢し、欲得願望が更なる付着物を呼び込み引き寄せて、ますます魂(生命の実相)の輝きを覆い隠すのである。 そうした様々な付着物に感応して悪霊悪魔の類が銀蠅の如く蔓延るのであります。 悪霊悪魔の類は自然発生している訳ではなく、彼らを呼び込み引き寄せる原因となるものを、因果の法則に従って自己自身が心に溜め込んでいる証拠でもあります。 臭い物に蓋をするだけでは悪霊悪魔の類は治らず、彼らは自らの居場所を確保する為に自発的に蓋を開けて人間の欲得願望を貪り喰らうのである。 こうした現状を顧みることが出来るなら、直ぐさま反省回顧に取り組んで心の浄化を始めなければならないのです。 三次元世界(地上世界)に生きている限り、心というものは放っておけば付着物(ゴミやチリ)が堆積するのであります。 それを其のまま放置する心が既に傲慢な精神と成りつつあるので注意が必要です。 世の中には責任放棄を正当化する論理風潮が蔓延しているが、机上の空論に迷う事なく、心の浄化を敢行して魂の真なる学びを深めて致だきたい。 学徳とは地道な姿勢で正しい心を取り戻す精神であり、魂の輝きを維持継続する為に自ら率先垂範して徳性(魂の傾向性)を正しく育む現実的な姿勢でもあります。 机上の空論は単なる知識の学問であって学徳(魂の学び)ではありません。 この事実を先ず最初に知らなければならないのです。 |