078 依存心と信頼心の違い

 

 

一次元意識の人間の魂に常に自己展開している心は利己的な依頼心であり、我欲的な依存心であります。

凝り固めた自らの魂に強度な依存をするからこそ、他者の意見を聞かず自己限定の殻の中に閉じ籠るのである。

そこに自己完結の依存心が沸き、そこに自己中心的な意思が展開することになるのです。

そうした一次元意識人間が社会の中に飛び込んだなら、自らの我儘(主義主張)を押し通す為の自分勝手な依頼心が頻繁に飛び出してくるのです。

その依頼心が得られる間は機嫌が良いが、一度依頼心が得られなくなると癇癪を起こして感情的な態度がストレートに押し出され、まるで我儘を抑えられない幼子のような醜態を所構わず見せてしまうようになるのです。

こうした状況下で一次元意識の人間には三相(時・所・人)を弁える思慮配慮が出せない状態であり、自分勝手な我儘を常に優先してしまう魂心境の幼さが前面に出るのです。

魂心境を一次元意識に凝り固めた人間に足りないものは自己反省であると言うことでしたが、いま一つ足りないものは忍耐力(我慢強さ)であります。

人生は様々な主観を持つ多人数の人々との共同生活であります。

お気に入りの人も居れば気に入らない人も居るでしょう。

例えどのような人であっても同じ環境下で同じ時を共有し、仕事や私生活を共に過ごして行くことになる。

そうした境遇で自分の我儘だけを押し通す一次元意識人間は、徐々に変わり者として浮いた存在となり、やがて危険人物として遠ざけられる運命になります。

社会人であれば依存心からくる依頼心よりも、相互に信用を重ねて心深く理解しあった信頼心こそを築かねばならない。

もともと依存心に頼りがちなのは一次元意識の魂心境であり、依頼心が頻繁に飛び出す人間は二次元意識の魂心境であり、相互に信頼心を構築することが出来る魂心境は三次元意識の人間であります。

社会人としての思慮配慮を通して公私の区別を弁えられない人間は、三次元社会に生きながら未だ一次元・二次元意識に魂心境を停滞させている迷妄者であると言うことです。

 

 

 

 41 むすび大道 【自己確立編】 一次元